昨年、大晦日恒例『RIZIN.26』さいたまスーパーアリーナ大会のセミファイナルで那須川天心選手(TARGET/Cygames)とムエタイ強豪のクマンドーイ・ペットジャルーンウィット選手(タイ)が激戦を繰り広げた。その激戦が始まる直前、格闘技ファンを騒然とさせたのがK-1王者、武尊選手(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST)の電撃観戦。観戦後には『去年の時点で僕は自分でリミットを作って、来年1年で実現できなかったら格闘家を引退しますって宣言して今年を迎えたんですけれど、その中で今年はコロナだったりいろいろな状況が変わってそれが実現できなくて。今年最後の日ですけれど、僕の意思表示と来年実現させるという決意を込めてRIZINの会場に来場させていただきました』と話した。「実現できなかったら引退」その決意を表したのは2019年12月23日発売の格闘技ライフ提案マガジンのFight&Life Vol.76でのインタビューでのこと。今回はそのインタビューを全文掲載する。
2019年11月24日、横浜アリーナ大会で、村越優汰を相手に8ヵ月ぶりの復帰戦を戦った武尊。判定勝ちで終わった試合後には、そこまでのコンディション作りやメンタル面で課題と反省が残ったことを打ち明けた。改めて本人に試合前後を振り返ってもらうとともに、「重要な年になる」という2020年の目論見を聞いた。
取材_高崎計三 撮影_ AP,inc
──横浜での復帰戦、お疲れ様でした。試合内容よりも気になったのは、試合後にコンディション作りやメンタル面について、反省を述べられていたことでした。なので、今回はそこを中心に、まずはお聞きしたいと思うのですが。
武尊 そうですね。3月の試合(さいたまスーパーアリーナ、ヨーキッサダー・ユッタチョンブリー戦)でケガした拳を手術して、その回復具合が思うようにいかなかったのと、そこをかばいながら練習をしたことによって、他のところも痛めてしまったりしていて。村越選手はサウスポーでしたが、対サウスポーで使うべき部分でも、そのせいで使えないところがけっこうあったんです。今回、体のケアの大事さを改めて痛感しました。
──まずケガで言うと、負傷した部分の回復が、想定よりも遅くなったということでしょうか。
武尊 そうですね。拳の痛みがなかなか取れなくて。8月ぐらいからスパーリングは再開していて、半年近く練習できなかった期間の分を埋めるというつもりだったんですが、100%フルの力で打てないというのがすごく影響しました。あとはメンタルですね。
──メンタル面については、どういう影響があったんでしょうか。以前にお話を伺ったときは、試合間隔が空くので早くリングに上がりたくてしょうがないという発言があったと思います。
武尊 それは確かなんですけど、試合が近づくに従って、プレッシャーをいかに感じないでリングに上がれるかが大事なので。これはどんな試合でもそうですけど、試合では恐怖心を乗り越える自信を持ってリングに上がらないといけないんですが、今回、特に1~2ラウンドではそれができていなかったと思います。そこは試合に向けての、メンタル面でのコンディション作りで課題に感じた部分ですね。
──気持ちとしては、試合に向かうまでの準備期間にしても、これまでの試合とは違うなという感じだったんですか?
武尊 そうですね。ケガが治りきっていないので、どうしても負傷個所をかばいながらの練習になって、100%の練習はできないじゃないですか。そこが当日、リングの上で自分に自信を持てるかどうかに関わってくるんですね。例えば試合の中で「ここでカウンターを合わせられる」とか「ここでいける」と思える根拠になるのは、そこまでの練習でやってきた自信だと思うんです。「これだけ練習したんだから、ここで前に出て大丈夫」と思うか、「ちょっと不安だから、ここは出ないほうがいいのかな」と思うかによって、かなり変わってくるので。そういう部分では、試合までの状況がメンタルにそのまま影響していたと思いますね。
──だとすると、当日リングに向かう時点でも、100%の自信は持てていなかったということですね。それこそ武尊選手らしくないというか、今までになかったことなのではないですか?
武尊 うーん……確かに、ここまでのレベルはなかったかもしれないですね。これまでも多少のケガはありましたけど、何よりもまず、半年間もスパーリングできないなんていうことがなかったですから。これまでは、負傷していても試合直前になったら、絶対にフルで打てるところまでは回復してたんですよ。それができなかったことで、そこの自信が足りなかった気がします。
──今回、試合前は一度もフルではできなかった?
武尊 はい。吸収剤を入れてやっと打てるような状態だったので、それなしで8オンスのグローブで殴るのは、実際の試合が初めてということになりました。
──そこに加えて、今回、村越選手という相手だったのは、さらに影響があったんでしょうか。
武尊 うーん……今回は相手がどうこうというよりは、自分との戦いをしていたので、相手についてはそこまで意識してはいなかったかもしれません。
──ただ、少なくとも武尊選手のほうから仕掛けていかないと、動きのある試合、沸かせる試合になる可能性は低いというスタイルの相手だったと思います。そういう相手との試合に、そのコンディションで臨むということで余計に厳しいものがあったのではと思うんですが。
武尊 それはありますね。特に今回は会場が横浜アリーナということもあるので、いつも以上にお客さんを沸かせるような試合をしたいとは思っていたんですが、一方で相手のスタイルに合わせるような試合をしてしまったら、ズルズルいってしまうなというのはありました。まあそれよりも、負けられない相手というのが大きかったですね。他団体から来て、下の階級から上げてきた選手だったので。
──ということで試合の中身なんですが、1・2ラウンドは、傍目には武尊選手が思うように出られないという展開に見えました。それは先ほど話に出ていたようなことが原因ですか?
武尊 そうですね。村越選手もうまく戦ったとは思うんですが、それ以上に自分が原因だなというのは、試合中にもすごく感じていました。あれで村越選手が評価されるのは別にしょうがないですけど、僕の中での原因は、自分の出来がすごく悪かったことですね。
──だとすると余計に、戦っている最中にも焦りがあったのではないですか?
武尊 それもあったんですけど、逆に「どこで出ようかな」と、ずっと思っていました。自信があればもっと早くその展開にいけたと思うし、出ていれば自分の攻撃を当てられたとも思うんですが、そこにいききれなかったのは、自信のなさのせいですね。
──「どこかで前に出なきゃ」という気持ちはありつつ、でもそのタイミングがいつものようには見つけられないと。
武尊 はい。言い訳っぽくなっちゃうんですけど、あのチョコチョコ受けていた攻撃も、痛みとかは全くなくて、途中で「これは、よける必要がないかな」って思っちゃったんですよ。それだったら、もらいながらでも前に出たほうが、早く捕まえられるなっていう印象で。もしあれがもっと痛くて効くような攻撃だったら、もっと早く対処していたと思うんですけど、「これだったらもらっても大丈夫」というか「よけなくてもいいか」という感じの攻撃だったので、逆にうまいなと思いましたね。よける必要がないぐらいの攻撃をチョコチョコと当てて、でも見え方は「僕が当てられてる」ってことになっちゃうじゃないですか。
──「村越選手の明らかな優勢」とまでは思わなくても、「村越選手が当てている」と思った人は多いでしょうね。
武尊 僕はポイントを取られている感覚が全くなくて、判定で2人目のジャッジが29-29というポイントをつけたのを聞いて「えっ!?」と思ったんですよ。「どこで取られたの?」と。詰めているところに合わされて、チョコチョコ当てられているなあという程度の印象だったので、ポイントにならないだろうと思っていたんですけど、そこが村越選手のうまさなのかなあと。3月にヒロ君(卜部弘嵩)が村越選手のタイトルに挑戦したとき(※判定で村越が勝利し、防衛)に、試合後に同じようなことを言っていたんですよね。「全くダメージがなくて、負けた気がしない。どこで取られたのか分からない」と。
──その話はされてましたよね。でも実際にやってみたら、そこにハマりそうになった?
武尊 そうですね。相手が分からないところでポイントを取るので、こちらも焦ることがないと思ってしまうというか。「まだいいか、まだ取られてないし」と。あれが、「あっ、これはポイント取られてるな!」と思うレベルだったら無理やりにでも前に出ると思うんですけど、「まだ大丈夫か」と思わせるぐらいの攻撃でポイントを取るっていうのは、うまいなと思いました。
──それは評価と言っていいんでしょうか(笑)。
武尊 まあ、「こんな戦い方もあるんだな」と、勉強になったっていう感じですかね。