「元気ですか! 今までいろんなことがあってやっと辿り着けたなという感じです。8月10日、最高の試合を見せたいと思ってます。そして朝倉海選手を倒したいと思ってます。いい試合しましょう」と会見で語った扇久保博正(パラエストラ松戸)。8月10日の『RIZIN.23』で朝倉海(26=トライフォース赤坂)とのバンタム級王座決定戦に臨む実力者の「いろいろなこと」とは? 2017年12月に取材したFight&Lifeインタビューを全文掲載する。
実力に見合っただけの評価を受けていない。そのようなファイターは常に存在する。世界で勝負できる力を持ちながら、厳しい現状、巡り合わせが悪いのか──
国内屈指の実力者が揃うフライ級勢に特にその印象が強い。UFCへの登竜門であるThe Ultimate Fighter=TUFで準優勝を遂げながら、契約が成らなかった扇久保博正。誰もが認める実力者はこの状況をどのように捉え、その視線はどこを向いているのか。そのような取材意図をもって、扇久保をパラエストラ松戸に尋ねると、想いもしなかった彼の試練──という言葉が軽々しく感じる出来事を知ることとなった。
文・撮影_高島学
※この記事は「Fight&Life(Vol.64)」に掲載したものです。
──今の世が2012年であれば扇久保選手はUFCで戦っていたと個人的に思っています。そして扇久保選手とUFCのすれ違いはVTJフライ級トーナメントで優勝した時から始まったのではないかと。
扇久保 考えるとそうかもしれないですね(苦笑)。ただあの時にUFCに行っても通用しないと感じていました。だから、あの時はトーナメントに出てない他のプロモーションのトップ選手、元谷(友貴)と戦いたいと思っていたんです。彼に勝ったらUFCで通用するかも……というぐらいで。まだ堀口(恭司)に負けてから3つくらいしか勝っていなかったので、自信が持てていませんでした。
──堀口戦はそれだけトラウマになっていたのですね。
扇久保 過去形ではないですね。こういうことを口にしてしまうところがいけないのだと思いますが、あの時は全てに飲まれて、自分の力を出すことができませんでした。凄くたくさん応援してくれる人がいて、「堀口に勝つのは扇久保しかいない」という風に煽られ、まるで相手が見えていなかった。
──扇久保がボコボコにされる。堀口恭司はここまで強いのかと思った人も多いはずです。
扇久保 それが悔しくて。堀口は強いですよ。でも、僕は堀口と戦えていなかった。逃げてばかりで。リングの上は人間性が出ます。あの時の僕の心理状態は、一刻も早くこのプレッシャーから逃れたいというものでした。今でもあの試合の映像は見返すことができないんです。
──人間が負った一つの汚名を挽回するには、どれだけの時間が必要なのでしょうか。
扇久保 いや、あの試合のことはもう消えないですよ。だから、もう背負っていくしかない。それもあってTUFで優勝したかったです。
──そのTUFシーズン24になりますが、世界各国のMMAイベントのフライ級王者が集まり、優勝すれば世界王者のデメトリウス・ジョンソンに挑戦できる。そういう特殊なシーズンで、決勝戦がTUF内で終了し、UFC本戦では行われませんでした。他のシーズンなら準決勝で勝った時点で、本戦出場とUFCとの契約も成るケースが多いのに。
扇久保 そうですね……TUF準決勝まで進んだファイターは、ほぼ優勝賞金はなくても契約は結べています。僕自身、もうUFCに出ることは間違いないマネージャーや参加選手からも言われていました。ただ、その前にTUFに参加するのが本当に嫌だったんです。
──優勝すればUFC世界王者に挑戦できるチャンスでも?
扇久保 僕は修斗のチャンピオンだからTUFにわざわざ出演することなくUFCと契約できるものだと自信を持っていましたから。
──確かに修斗と豪州やアラスカのローカル団体の王者を一緒にするなとは感じました。そういう意味でも、シーズン24だったから扇久保選手はTUFに回った。巡り合わせの悪さがあったかもしれないですね。
扇久保 他のメンバーのことは分かっていなかったですが、「何で俺がTUFに?」とは思っていました。
──実力主義、スタイルの有無に関係なく勝っている間は評価される。それがUFCの持つ、希望の灯だったと思っています。
扇久保 結果を残せば認めてくれると僕も思っていました。
──勝っている限りは認めてくれていた。それが最近は分かりやすい打撃戦をする選手が、あからさまに重宝がられるようになりました。
扇久保 僕が契約できなかったのは、判定勝ちが多いからだということは人づてに聞かされました。それが本当かどうか分からないですが、やはりフィニッシュしないとダメですね。僕はファイトスタイルもウケないし。
──それを言うと、ファイターは玉砕覚悟かとなります。別に判定を狙えとも一本で勝てとも奨励をするつもりはないですが、一本が取れない強い相手と戦っているわけですから。
扇久保 僕は見ている分には殴り合いは好きだし、やはり見ている人は殴り合いが面白いんですよ。それに僕に関して言えば、TUFでも決勝戦でダメな自分が出てしまったのは事実ですし、時が経てば『またやり直すだけだ』と、思えるようになりましたけどね。
──UFCと契約が成らなかったことについて、どのように心の中で折り合いをつけたのでしょうか。
扇久保 8月12日に撮影が終わって飛行機に乗って帰国しているときは、UFCに出られるものだと思っていました。スタッフにも気に入られていましたし。ただ帰国してからのことは、あまり覚えていないんです。もうUFCのことを考えるような余裕もない日々が待っていて……。
──TUF準優勝者が、UFCのことを考えられない日々とは想像もつきません。
扇久保 実は帰国して、すぐ妻から離婚したいと言われ、別れてしまったんです。
──エッ……。いや、エッ?
扇久保 もちろん、相手あってのことなのでどういうやりとりがあったのかなどは話すことはできないのですが、要するに格闘家の妻を続けることはもうできないということだったと思います。即離婚となりました。
──しかし……扇久保選手はTUFの中で子供さんとスカイプか何かで話して、涙をこらえ子供たちのために優勝するというエピソードがあったではないですか。
扇久保 きつかったです……。さっきも言いましたけど、本当にTUFなんて出たくなかった。でも、出場条件とかTUFの中でのファイトマネー額を聞かされて、やはり国内でもらっていた金額とは違う。これに出れば、金を稼いで家族が幸せになる。そう思って僕は出演したんです。
──あまりにも話がヘビーで、インタビューをどう進めればいいのか……。
扇久保 離婚してからは、UFCと契約できるかどうかなんて考える余裕もなかったです(苦笑)。そこから戦う気持ちを作るまでに、やはり相当な時間は要しました。「何のために俺は戦うんだろうか」って自問自答をして……。ただ、12月のTUFフィナーレには出場することになるだろうから、そこはあるモノだと捉えていたんです。それでも戦える状態ではなかったですね。そして、その間のことはあまり覚えていない。
──……。もうMMAを辞めようという気持ちにはならなかったですか。
扇久保 それはないです。気持ちが戻った時には格闘技で稼ぐ、稼ぐために格闘技をやろうというぐらいになっていました。今もそう思っています。
──気持ちが試合に向いた時に、修斗を選択したのは?修斗の場合はDEEPもそうですが、タイトルを一度は防衛というのが、通例になっていますが。
扇久保 ハイ。僕はタイトルを獲っても防衛はしていなかったので。まぁ契約もありますが、修斗に全く文句はないし、サステインの坂本(一弘)さんには恩を感じています。UFCならともかく、契約できなくて戻って来て、それで他の団体で戦うことは違いますから。
──4月のダニー・マルチネス戦。そして10月にオニボウズ選手を下して防衛に成功しました。その間にUFC日本大会に出場予定だった井上直樹選手が怪我をした。あの時は代役出場に気持ちが向きましたか。
扇久保 もちろんです。フライ級の選手は皆そうでしょう。
──UFCが日本にマーケットを作ることが現時点でできていない。それでまた扇久保選手にとってハードルが高くなったのかと。何より、TUFで扇久保選手に負けた選手やベスト4に残らなかった者が、あれからUFCと契約しています。
扇久保 そこは悔しいです。急遽代役出場というのは、僕はビザを取るのに時間がかかるので、そういう事情があるのは承知で、やはり悔しいです。ただ、僕はまだあきらめていないので。それにUFCで戦えるだけの実力もある。そういう想いは常に持っています。
──失意の時から1年を経て、オニボウズ戦ではしっかりと強さを見せて一本勝ち防衛でした。
扇久保 この1年……、その前にTUFを経験して、この1年で人間的に成長できたと思います。戦う時の気持ちも変わりました。凄くショックなことを乗り越えたので、本当の意味で戦えるようになったというのか……。
──……。
扇久保 試合に関しては、やはりTUFに出たことが大きいです。それまでは練習をひたすらやり込み、それを試合で実行するというメンタルでした。それがケージに入ったら、何があろうが戦う……気持ちと気持ちで戦えるようになったかと思います。TUFで自分に自信が持てるようになったので、オニボウズには絶対に圧勝できると思っていました。
──フィニッシュもできました。
扇久保 判定が多いということですが、判定勝ちを狙ったことなんてないですし、常に試合では一本を狙ってきました。それが取れなかったのは、自分に力が足りなかったからで判定で勝ちたいと思ったことはなかったです。
──一本、KO勝ちはマッチメイクの妙で作れます。本当に拮抗した試合でのフィニッシュは素晴らしいですが、だからといって判定負けがいけないとは思いません。それがたとえ安全策だとしても。
扇久保 判定勝ちでも価値を認めてもらえることはありがたいですし、嬉しいです。でも、絶対にフィニッシュしないといけないと思っています。そこは昔からずっと変わらないです。
──例えば最初の2Rを取った場合、3Rだからフィニッシュを狙えという考え方はどう思いますか。
扇久保 良いと思います。試合はフィニッシュした方が全然良いし。山本KID徳郁選手やヴァンダレイ・シウバがKOするのを見て、憧れてこれを始めたので。僕は以前、松根(良太※パラエストラ松戸所属から、現在はTHEパラエストラ沖縄代表=元修斗世界フェザー級王者。戦績19戦16勝2敗1分け・12判定勝ち)2世と呼ばれていたんです。松根さんには失礼だけど、覆すには一本を取らなきゃいけないとずっと思ってきました。
──あえてそれを口にするだけの覚悟を持っていて、また自信もできたということでしょうか。
扇久保 今はそうですね。それに一本を取った時の高揚感は何にも変えることはできないんですよ(笑)。普通に生きていたら、あの気分は味わえないです。
──なるほど。そこを追及するにも、やはり対戦相手というモノも関係してくると思います。すでに修斗世界フライ級王座を防衛戦した中、2018年はどのような活動をしたいと思っていますか。
扇久保 そこはいろんな考えがあって、自分がブレてしまって。こっちも行きたい、あっちも行きたい、修斗も盛り上げたい。これだけ気持ちが揺れるのは良くないですね。ただ、UFCという目標があるので、強い選手と戦っていきたいという気持ちは揺るぎないです。
──UFCというゴールに向かって、逆算していくのがベストでしょうか。
扇久保 もう、勝ち続ける以上のことはない。それがベストです。それと修斗の後楽園ホールをファンで溢れかえるぐらいにしたいんです。
──修斗ですと、挑戦者が力をつけて来るのを待つような状況です。
扇久保 田丸(匠)とやってファンが盛り上がるなら、やっても良いですよ。試合はどうなるか、分からないですし。もちろん、やるならボコボコにしますけど(笑)。UFCが田丸を欲しがっているなんて聞かされると、潰したくなりますしね。
──よりファンが盛り上がるのは、国内の他団体の強豪との対戦ではないですか。
扇久保 そこも考えます。和田竜光君も強いし、仙三さんも強い。若松(佑弥)君もこれから強くなってくるだろうし。一度戦っているけど、春日井(たけし)選手もいます。そうですね……今、強いとされている選手と戦わないとダメだし、やるべきですよね。
──ファイターなら誰しも、そうだと思います。
扇久保 その場がRIZINになると思っていたんですけどねぇ。ただ、お金も大切ですし、海外の方が条件が良いなら、海外で戦うのも然りです。そうそう、ACBのマッチメイカーから連絡が来たんです。
──今や上を目指す選手から、ACBの名前が出ないことがありません。
扇久保 ロシア人だろうが、和田君だろうが、強い人なら誰とでも戦いますよ。勝って認められる相手と戦い、しっかりとフィニッシュする。UFCにしても本気で想い、行動していけば絶対に出られると思っています。全然、行けます。そうですね、今7連勝なので、2018年はオール一本で10連勝にします。
※このインタビュー後、扇久保は2018年7月にRIZIN.11で堀口恭司と再戦し判定で敗れるも、2019年は清水清隆相手に修斗世界フライ級タイトルを防衛、RIZIN.17で元谷勇貴、RIZIN.20では石渡伸太郎を判定で下し、バンタム級王座の挑戦権を獲得した。
Hiromasa Ogikubo
おおぎくぼ・ひろまさ
1987年4月1日、岩手県出身
身長161㎝
第6代修斗世界フライ級王者
パラエストラ松戸