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全日本パワーリフティング選手権10連覇・阿久津貴史が記録を伸ばし続ける秘密!そこにはトレーニング以外の要素も関係していた!?

4月24、25日に行われた全日本パワーリフティング選手権大会で105kg 級10連覇という快挙を達成した阿久津貴史選手。記録を伸ばし続けながらの連覇を成し遂げているところに阿久津選手の凄さがある。「伸びしろは無限大」という阿久津選手に、その秘密を聞いた。(IRONMAN2021年7月号より)

取材・文:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩、IPF(大会写真)、柳沢由紀子(大会写真)

――今回は阿久津選手が高いレベルで記録を伸ばし続けている、その秘密に迫りたいと思っています。
阿久津 特に秘密があるわけでもないのですが(苦笑)、年間で考えるとケガをして記録が落ちることはあるのですが、毎年、試合には何とかピークを合わせてこられているのかなと思います。

――それはトレーニング法を工夫された結果なのでしょうか。
阿久津 もちろんトレーニング法も一つではあるのですが、伸ばしていく要素はトレーニングにもたくさんあります。そこをいかにして一つずつ積み上げていくか、ということだと思います。

――具体的にはどのような要素があるのでしょう。
阿久津 大きなカテゴリーとしては「メンタル」「身体」「技術」「戦術」「マテリアル」「コミュニケーション」「環境」「プランニング」「行動パターン」の9つです(一般社団法人フィールド・フローのスポーツメンタルコーチングメソッドの1つ)。

――その9つのカテゴリーで、自分に足りていないもの、改善の余地があるものを洗い出して、補っていく?
阿久津 そういうことです。一つのカテゴリーを最低2つ、3つほどの要素に分解して、どこに伸びしろがあるのか探していきます。書き出せないカテゴリーがあれば相当伸びしろがあるともいえます。普段何も考えていないということですから。「プランニング」だったら、「試合に向けての練習計画」「試合当日の過ごし方」などですね。伸びしろはあらゆるところにあります。そこをいかに探して、伸ばしていけるかというところだと思います。例えばベンチプレス120㎏挙げられる選手がいたとしたら、先週の試合で120㎏挙げました。半年後には140㎏を挙げたいとなった場合、そこに到達するにはメンタルで何が必要か。先週の試合では「気持ちが落ち着いてなかった」とか、「もっと集中力を高めればよかった」とか、「メンタル」にもいろんな要素がありますし、一人一人必要な要素は変わります。状況でも変わってきます。では、実際に140㎏を成功させるために、前回の試合での「落ち着き」が自己評価で「6」だとしたら、それを次の試合までに「9」まで引き上げたい。そのためには何をすればいいのか。140㎏を挙げるため「環境」や「プランニング」などに他にも改善点はないか。そういうことを考えていく作業です。

――「身体」というのは、いわゆるフィジカル?
阿久津 分解要素は競技によっても個人個人でも変わってきます。私はフルギアスクワットのマックスが357・5㎏ですが、例えば380㎏を目標にした場合、身体にどのような要素が必要になってくるのか。そこを考えていきます。例えば380㎏を挙げるために股関節の柔軟性が必要だということになれば、「身体」のカテゴリーに「柔軟性」という要素を入れるかもしれません。そして、股関節の柔軟性の状態が380㎏を挙げる時を10として現状の判断が「7」だとしたら、それを「7.1」にするために、1週間のスケジュールの中に股関節をケアする時間を組み込みます。具体的なアクションプランにまで落とし込みます。

――これらのカテゴリーは独立しているのではなく、それぞれがつながっているものなのですね。
阿久津 そうです。最終的に自分が求めているパフォーマンスに対して必要な要素を分解しているので、それぞれをバラバラに考えるわけではありません。だから、「トレーニング法」というのはその中のたったひとつの要素になってきます。

――伸び悩んだりすると、どうしてもトレーニング法の見直しに着手しがちです。
阿久津 例えば、それがいいトレーニング法であるのに、メンタル面でのテンションが低い状態で取り組んだら伸びないかもしれません。では、なぜテンションが下がっているのか。もしかしたら、職場での人間関係がうまくいっていなかったかもしれない。ここは「コミュニケーション」のカテゴリーになります。職場でのコミュニケーションを改善することで悩みがなくなり、練習に集中できるようになるかもしれません。だから、あらゆる要素がパフォーマンスに絡んできます。

――気合だけではなく自分を冷静に見つめる目を求められそうです。
阿久津 選手として伸びていくには、最終的にはこういった能力を高められるかだと思います。現状の自分はどうなっているか。そこから何をしていけばいいのか。そうしたことを自分の中で対話ができるようになっていけることが大事だと思います。伸びないときはついついトレーニングに目が行きがちですが、そういうときはすごく視野が狭くなっているので、そこは視野を広くする意識を常に持てるといいですね。

――いつころからこのような方法を用いているでしょう。
阿久津 昨年のコロナ禍で緊急事態宣言の時期に、元々スポーツメンタルコーチの勉強を本格的に始めました。そこからです。

――9つのカテゴリーの中の、まずはどこから着手されたのでしょうか。
阿久津 どんどんその時期によって変わっていくのですが、今年の全日本選手権の前だと、1月に右肩を、3月に左股関節のケガをしてとてもハードな状況の中で4月の試合を控えていました。そこでこの9つのカテゴリーに当てはめながら分析していったのですが、そのときは、メンタルに「自信」「穏やかさ」「集中力」「強い気持ち」を必要としていると書きました。自己評価として「自信」は3月の段階で「7」、「穏やかさ」は「6」。これが試合の2週間ほど前になると「自信」が「8」、「穏やかさ」は「8.5」になっていました。また新しく「楽しむ」「言葉の力」などが入りました。

――どのようにして、それらを引き上げたのでしょう。
阿久津 1週間のスケジュール表を作って、 各カテゴリーを0.1ポイントでも上げる時間をスケジュールに組み込みます。コンディショニングの時間をもっと取れないかなど、その中で何が改善できるかを考えていきました。また怪我に関しては痛みの予想の折れ線グラフを書いて、実際にどうだったかを振り返りました。

――折れ線グラフ?
阿久津 ケガの状態は右肩上がりでよくなっていくわけではありません。状態に波があるということを最初から想定しておきます。練習の翌日は、悪化するはずなので、それを事前に予測しておいて、日にちを横軸、痛みを縦軸にした折れ線グラフを作っておきます。ベンチプレスの練習の翌日は痛みが上がる、でも肩をあまり使わない練習の翌日は痛みが下がる、といった感じです。実際の肩の状態をその折れ線グラフに近づけていくという作業をしていました。前もってそうしたグラフを作っておくと、たとえ痛くなってきたとしても「予想通りだな」と思えます。ケガをしているときは、その箇所に意識がいきがちです。また、予定通りの練習ができないと普通はすごく焦るものですが、考えていけば、他にもできることがいっぱいあるんですよね。

――まずは自分で、いろいろと気になることを書き出してみるんですね。
阿久津 細かいことで言えば、全日本選手権でセコンドにつく日は朝から何をするか。歯を磨いて、スマホでテーマや目標を確認して、どのサプリを飲んで、コンビニで何を買って…と、全て書いておくんです。これは「行動パターン」のカテゴリーですね。場所がホテルなので、いつもとは環境が違います。起きてから「何をするんだっけ?」と考えるのが試合への集中力や意識を阻害してしまうので、それがたとえ単純な作業であっても、あらかじめやらなければいけないことを書いておくのが私には合っています。あと、意外と大事なのは「コミュニケーション」です。 全日本選手権に出る選手たちとのコミュニケーション、またその選手に旦那さん、奥さん、彼氏彼女がいるのだったらその方達ともコミュニケーションを取っていく。今、選手がどんな状態か聞いたりもできる。そうやってチームをいい状態にしていくことでよりいい練習ができます。

――何から分析すべき、といった順序のようなものはあるのでしょうか。
阿久津 自分の好きなように分析していいんです。「マテリアル」はギアなど道具のことですが、私はそこに「TシャツはLサイズが理想」と書いています。ダボダボのものよりは、ぴちっとしたものを着た方がテンションが上がるので。そういったことも試技に影響する選手はいます。

――この方法をご自身で試してみた実感は?
阿久津 ケガをしたときなどは、視野が狭くなりがちですが、試合まであと2週間だとしたら、その2週間で何ができるか。早く肩が治らないか、そういうことばかりを考えずに済みます。今の方法を取り入れるようになって自分自身が一気に変わってきたような感覚があります。

――ケガにも冷静に対処できそうです。
阿久津 もちろんケガをしないに越したことはありませんが、してしまうこともあります。私が若いころに多かったのが、ケガをした瞬間に練習をやめられないというパターンです。こうすればできるんじゃないかとか、つい練習をやってしまってさらに悪化させてしまう。ケガをしたら、そこでスパッと練習やめてしまうというルール化もすぐにやめられない選手にとっては大事ですね。また、そもそもなぜケガをしたのか、その原因は振り返ったほうがいいでしょう。どのような意識が働いて、どのような行動をしたのか。その結果がケガにつながっているわけです。同じことケガを繰り返したときは、同じ意識から行動がスタートしているはずです。そこは振り返っておく必要があります。

――特に試合が近くなってくると気持ちが入ってしまい小さな異変を見過ごしがちになります。
阿久津 例えば試合の3〜4週間前に計画通りの練習をやっていたとします。でも、身体に違和感がある。そこで無理に練習をしてしまった結果、ケガをしてしまう選手が多いと思います。そこは時間軸上で考えてもらいたいのですが、試合まであと3週間しかない。でも、冷静に考えてみると、何カ月も前からしっかりと練習をやってきたのであれば、その日1日の練習内容を軽くしたところで、大きな影響はないはずです。その分、他のカテゴリーに時間を費やせばいいのです。フィジカル的に予定の70%しか仕上げられなくても、試合当日にその時点での実力を100% 発揮できた選手の方がフィジカルを100%仕上げてきたのに実力を発揮できなかった選手に勝つということは十分起こり得ます。最後まで諦めてはいけません。

――気持ちが入りすぎて視野が狭くなるというのは本当に危険なことだと感じます。
阿久津 指導の際でも、例えばスクワットで「今日は重く感じる」という人がいたとします。そこで「では今日は無理しないで重量落としましょう。」と言ってしまってはそこで探求は終わってしまいます。こういう場合、まずどこが重いのかを聞きます。持った瞬間が重いのか、歩きが重いのか、しゃがむときが重いのか、立ち上がるときが重いのか。すると本人も「ラックアップのときが重いです」と、気づけることがある。では、普段と違うラックアップのやり方をしていないか。そうやって何が普段とは違うかを探していく。指導者として大事なのは、いかにしてそうした気づきを得ていただける関わり方をしていくかというところだと思います。もちろん初心者の方には基本的なことは指導させていただきます。ただ、ある程度のレベルになると、自分に合うものを探したりする関わりを持つことはとても重要です。

――トレーニングを続けていると「なんか調子が悪い」という日は必ずあるものです。 そこでいろいろと書き出してみることで、原因が何かを探れるかもしれません。
阿久津 頭の中だけでボンヤリ考えるだけではなく、言葉にしてみる、見える化することはすごく意味のあることです。パワーリフティングに限って考えると、結果が数字に表れる競技です。 多くの選手は数字で目標を立てると思いますが、試合でどのようなパフォーマンスをしたいのか。そうしたパフォーマンス目標も設けた方がいいかもしれません。同じ140㎏を挙げるにしても、緊張してドキドキしながら挙げるのと、自信を持って挙げるのとではまったく違ってきます。自信を持って堂々と挙げたいという目標を立てた選手と、ただ140㎏を挙げたいという選手とでは、絶対に差が出てくるはずです。伸びしろはあらゆるところにあります。

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阿久津 貴史(あくつ・たかひと)
1982 年11 月22 日生まれ。身長168.5cm、体重100kg。Team X-treme Power 代表。株式会社ピークパフォーマンスニュートリション代表取締役。ストレングス&コンディショニングスペシャリスト。NSCACPT。ゴールドジム公認PT。
自己ベスト:フルギアスクワット357.5kg、ベンチプレス277.5kg、デッドリフト302.5kg、トータル920kg(105kg 級日本記録)


執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。

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